点線日記

お笑いとか猫とか使ってみたサービスについて書いています。

まほろ駅前狂騒曲を観た(ネタバレあり)

評価:2点(5点中)
 

この映画に対する私の認知度

三浦しをんの小説のシリーズ第3作。
1作目の映画も観たことがある。確か、その映画がきっかけで、三浦しをんを読むようになった。たぶん2作目もドラマになっている。
1作目と2作目の小説は読んだことがあり、3作目は映画が先となった(ややこしいな)。
 

前作までの印象

1作目の映画で、ある程度は面白いけど、色調が暗いこととか、行天の事情にいまいち感情移入できないことから、形だけの映画っぽく感じられた。
形と言うのは、松田龍平と瑛太が出てることに価値がある、みたいな感じね。
 
2作目のドラマも、ほとんど観ていないが、ちらっと観た感じでは同様の、アイドル要素多めのような印象。でもそういう軽い作品を作るなら映画じゃなくてテレビドラマでやってほしいと思う。
 

この映画の感想

今までが上記のような感じなので、そりゃあ面白くないに決まっているのだけど、まあ他のキャストも観たい人は多いので、損はないという感じ。
いろいろ伏線が回収されないと思った。多田(瑛太)の、年上の女性に対する恋愛の過程が、時々挟み込まれるのだが、その熱が感じられない。唐突だった。脚本の問題なのか、役者の問題なのかわからない。
 
多田の前の奥さんとの間に生まれた子供が、赤ちゃんのうちに亡くなっているのだけど、そのリアリティーも感じられない。このエピソードは前作からあって、そのときも同様に思っていた。墓参りに行って死んだ我が子に話し掛けたりするのだけど、何だか嘘くさい。
 

感情移入しにくい

行天(松田龍平)の小指の傷や、子供が苦手というエピソードもいまいちしっくり来なくて、何だか宙に浮かんでいる。これは映画の要素で一番重点を置かれているところなので、そこが掴めないとかなり感情移入が難しくなる。
 
二人とも表情があまり多彩でないからだろうか。設定を受け身で演じている感じがした。受け身が必ずしも悪いものではないのだけど、この映画では特に多田は能動的な役柄なので、受け身だとなおさら不自然だ。
 
女の子を預かって、子供の世話に慣れていくところでは、お互いに慣れるまでずっと仕事をせずに2人とも家にいて、慣れたら途端に仕事に女の子を連れて行く、という極端な切り替えが不自然だった。そうすると決めていた設定ではなくて、場面展開がそうなっていた。
 
高良健吾新井浩文もただ出てきて台詞を発するだけで、なんだか無駄遣いであった。松尾スズキだけが良かった。
キャストを見たら、永瀬正敏だったのか。すごいな、演じる年齢の幅が。
 
映画としての大きな見せ場があって、12歳くらいの男の子が銃を撃ったりもするのだけど、そのことについての振り返りというか、それで男の子や周りがどう変わったのか、変わってないのか、何もなくて気持ち悪かった。全て説明する必要はないのだが、要点というのは重要だ。
 
私がこの映画のテンションについて行けないだけだろうと思うのだが、何だか全体的に消化不良でつまらなくて、最後にエンディング曲のくるりが良い歌で一気に気分が晴れた。
 
あと、瑛太がキッチンをゴシゴシ掃除するシーンがあって、それを見て掃除したくなって、次の日私も流しを掃除した。
 
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